浦原 | ナノ
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「どォーもォー!」

ちょっと前にもこんなことあったな、とデジャヴを感じ、朝目を覚まして早々、枕を目の前にいる男に向かって投げつけた。難なくキャッチされてしまったけれど。

「わたしの部屋に勝手に入って来るのはやめてください」

「無防備ななまえサンの寝顔をじっくり堪能させていただいちゃいました」

「本当にやめてください!!」

今日もわたしは非番なわけだが、本当にどこからわたしの勤務予定を聞いているのか。ちなみに前回浦原商店に連れて行かれた際、この人がわたしのところに来たことを、涅隊長はしっかりと把握していた。しばらくちくちくとした嫌みを言われ続けたのは言うまでもない。そんなわたしの事情なんておかまいなしでほら早く着替えてください、と急かしてくる浦原隊長を怨みがましい目で見るが、堪えた様子は全くなかった。抵抗するだけ無駄だということは学習済みなので、浦原隊長を部屋から叩きだして身支度を整える。

「今度はどこに連れていくつもりですか」

「なまえサンが行きたいところに」

「出かけないで一日寝てたいです」

「それはそれで魅力的なお誘いっスけど、ちがいますよ。なまえサンが一番行きたくて、行きたくないところっス」

扇子を広げてにんまり笑う浦原隊長を訝しげな眼で見る。一体何が言いたいのか。浦原隊長の出した穿界門を通り抜けると、前回と同じように浦原商店の前に出た。本当はアタシの穿界門から出ると空中に放り出されるようになってるんスけど、なまえサンは特別っスよ、なんて言っている浦原隊長に非常に不本意ながらありがとうございます、と告げる。だって空中に放り出されるのは本当に勘弁してほしい。わたしなんかではうっかり死んでしまう。それで、やはり用事があるのは浦原商店なのだろうか。そう思って店に向かって歩き出そうとすると、腕を掴んで止められる。

「そっちじゃないっスよ」

「……本当に、どこに連れていくつもりなんですか」

「あれからまだ会ってないでしょ?」

ひよ里サン、と浦原隊長の口から出た名前に、凍りつく。以前平子隊長に連れて行かれた飲み会で白とひよ里に会いに行く約束をしたけれど、なかなかお互いの都合がつかず、まだ行けていなかった。いや、それは建前で、わたしが勇気を出すことが出来ず、何かと理由をつけて後回しにしていたのだ。浦原隊長に掴まれている腕を振り払って今しがた通って来た穿界門に戻ろうとするが、当然わたしなんかよりも浦原隊長の動きの方が早くて、瞬歩でわたしの前に現れ、通せんぼされてしまう。

「ちゃんと会わなきゃダメっスよ」

「でも…!」

嫌いって言われたらどうしよう。わたしと会いたくなかったって言われたら。嫌な想像ばかりが頭を巡ってしまう。大事な、大好きな親友だからこそ、100年以上の時間と、お互い過ごした環境がわたしたちを変えてしまっていたら。そう思ったら、どうしてもひよ里に会う覚悟ができない。

「ほーんとにふたりとも意地っ張りなんスから」

むに、とわたしの両頬をつまんだ浦原隊長が呆れたようにため息を吐いた。ふたりとも、と言う言葉に、ひよ里もわたしと同じように尻ごみしているということだろうか。少なくともどうでもいいとは思われていないようで、少しだけ安心する。浦原隊長は、わたしの頬をぐに、と引っ張り、やめてください、と抵抗する様を見て喉を鳴らした。むにむにと思う存分遊ばれて、ようやく解放されたかと思うと、浦原隊長の大きな手で両頬を包まれる。身長の高い浦原隊長の顔がよく見えるように上を向かされると、浦原隊長の顔が、近い。

「だぁーいじょーぶっスよ。だってなまえサン、まだひよ里サンのこと大好きでしょ」

「それは当たり前ですけど」

「うーん…即答されるとちょっと妬けますねェ」

帽子を目深にかぶった浦原隊長が、苦笑するのがわかるほどに近い距離。この人は、何を言っているのだろう。わたしがひよ里に対して思う好きと、この人に感じる感情は昔からまったくの別物だというのに。わたしの頬を包んでいる手を引きはがして、額をこつん、と浦原隊長の胸元に預ける。浦原隊長は、わたしの背中に手を回すこともなく、そのままにさせてくれた。触れている部分だけ感じる体温に、どうしようもなく安心する。本当は、抱きついてしまいたい。ぎゅ、って抱きしめてもらって、大丈夫って頭を撫でてもらえば、わたしはきっとなんだってできる。浦原隊長だってそれはわかっているはずなのにそれをしないのは、今のわたしたちの関係故だろう。わたしはこの人の体温も、においも、色んな表情も、たくさん知っているのに、今はそれら全てを知る前よりも遠くに感じた。

「………行きます、ひよ里のところに」

浦原隊長から身体を離して目をそらさずに、今の少しの時間で決めた覚悟を口に出すと、もうちょっと甘えてくれてもよかったんスけどねェ、と浦原隊長が少し寂しそうに笑った。

 * * *

浦原隊長の後ろについていくと、倉庫のような場所に辿りついた。この中に、ひよ里がいるのだろうか。

「随分遅かったやないの」

「スイマセン、なまえサンの説得に手間取っちゃって」

「ハッチに結界解かせて待っとったんやからはよ来ぃや」

平坦な声で浦原隊長と話し始めたのは、昔は三つ編みにしていた髪の毛をポニーテールにしたリサだった。手には俗に言うエロ本があって、わざわざ倉庫の外でわたしたちの到着を待っていてくれたようだ。

「リ、リサ…」

「しばらく見んうちに辛気臭い顔になったやないか」

「リサは随分とあけすけになったね」

つい視線がリサの持っているエロ本に向いてしまって、なんとかオブラートに包んでそう言うと、リサは気になるんやったら貸したるで、とわたしにその本を差しだしてきたので丁重にお断りした。リサが今、現世の本を尸魂界に流通させる商売を始めてちょこちょこ尸魂界に顔を出しているのは噂で聞いていた。わたしは現世の本に興味もないし、日頃隊務で忙殺されていてあまり時間もないのでお世話になったことはないけれど。倉庫の扉を開けたリサに続いて中に入ると、地下に続く階段があり、階段の下はさらに開けているようだ。一歩一歩確かめるように階段を下ると、個性的すぎる頭が目に入る。あれは、愛川隊長だろうか。空座町で見た時あんな髪形をしていた気がする。そしてその前に、派手な赤いジャージを着たひよ里が仁王立ちして何やらヤイヤイと文句を言っている。昔と変わらない光景だった。リサが声をかける前にわたしたちの気配に気づいたのか、愛川隊長とひよ里の視線がこちらに向く。わたしの姿をとらえたひよ里の大きな目がみるみるうちに見開かれる。かと思えば、すっと目を伏せたひよ里が、わたしたちに向かってズカズカと大股で歩いてきた。

「……何しに来たんや」

その問いは、わたし個人に向けられているものだとすぐにわかった。死神であるわたしがどの面さげてやってきたのか、と言いたいのだろうか。逃げたい。こわい。そんな気持ちを見透かしているように、わたしの後ろには浦原隊長が立っていた。逃げ場はない。ぎゅ、と手を強く握って、まっすぐひよ里を見据えた。

「ひよ里に、会いに」

わたしの答えを聞いたひよ里は一瞬面食らったように固まって、すぐに、はん、と鼻で笑った。腕を組んで相変わらずやたらと態度だけは大きい。

「死神も随分暇なんやなァ!こないなところまでわざわざ来る暇があるんやったら他にもすることあるやろ!」

「……わたしも、来るつもりなかったよ。浦原隊長に連れてこられなければ、きっと、ずっと」

だったらなんで来たのかと問いただしたいのだろう、ひよ里の眉間に深いしわが刻まれた。ひよ里たちの身に何が起こったのかも知らず、突然いなくなったみんなを恨んだ。憎んだ。どうしてって。100年以上もずっと思っていた。ひよ里たちからすれば、見捨てたのは中央四十六室で、わたしたち死神の方だと言うのに。嫌われたって仕方ないと思う。突然いなくなるなんて、何かあったに決まっているのに。

「わたしのこと、嫌いになるのも仕方ないと思う。探しに行けばよかった。全部捨てて、みんなを追いかければよかったのに、置いて行かれたことに怒って、100年以上も拗ねているだけだった」

こんなことを言われてもひよ里は困るだけだろう。余計に嫌われてしまうかもしれない。勝手に懺悔して、それを押しつけている。熱いものがこみ上げて、段々と上手に声が出せなくなってきた。つっかえながら、ごめんなさい、と伝えると、勢いよくひよ里がわたしの胸倉をつかみ、その勢いに押されて階段に尻もちをついてしまった。ひどく怒ったようにわたしの上で肩を震わせているひよ里が、キッ、とわたしを睨む。

「なんやねん、黙って聞いてればうじうじうじうじうじうじうじ!蛆虫かっちゅーねん!」

「う、うじむし…」

「あん時うちを助けたんはあんたやろ!!」

あの時が、空座町でのことだとはすぐにわかった。市丸に身体を真っ二つにされたひよ里。わたしでは治せなくて、駆けつけてくれた卯ノ花隊長に任せたのをよく覚えている。わたしじゃなくて、卯ノ花隊長だよ、と反論すると、ますます怒らせてしまったようだ。

「なまえがおらんかったらとっくにうちは死んどる!大体何も言わんとおらんくなったのはうちらや!恨まれんのなんか当然やろ!!」

ひどく怒った顔をしながらも、ひよ里の言葉はひどく優しい。出会ってからずっとそうだった。わたしがひよ里を嫌いになることがないように、ひよ里だって同じなのだろう。白が、ひよ里はずっとわたしのことを気にしていたと言っていた。100年以上も離れていたけれど、わたしとひよ里の関係は何も変わっていないし、ずっと、繋がっていたのだ。ぼろぼろと涙が出てきて、しゃくりあげると、ひよ里の目も赤くなってきて、わたしから少し離れてぶすくれたように目を逸らした。

「わ、わたし、ずっと、ひよ里に会いたかった…!」

「……うちはそうでもない」

素直じゃないひよ里がそう言った途端、ゴツン、とすごい音がしてひよ里が頭を押さえてうずくまった。ひよ里の背後には、愛川隊長が立っていて、拳が煙を上げているように見える。

「な……っにすんねんラブ!!!!」

「憎まれ口ばっか叩いてるからだろーが。ずっとみょうじのこと気にしてうじうじしてたのはどこのどいつだよ」

「はァ!?気にしてなんかあらへん!!」

「治療してもらった後もそわそわしやがって、ガキじゃねーんだからさっさと礼くらい言いに行け」

ひよ里の頭に拳骨を落とした愛川隊長と文句を言うひよ里。昔からこのふたりは親子のような関係だったから、何年たっても変わっていないのだろう。ひよ里がツンツンして隠していた事実が愛川隊長にどんどん明らかにされていく。尸魂界に商売しに行くリサについてわたしに会おうとしては意地を張ってやめて、後悔して、わたしが浦原隊長に連れられて現世に来たときにも本当は浦原商店まで会いに来ようとしたのにやっぱりやめて。その繰り返しでどんどん会いにくくなってしまっていたらしい。そういう不器用なところ、本当に変わってない。昔から、素直じゃなくてすぐ怒るひよ里を迎えに行くのはわたしの役目だったのだ。今回こんなにこじれてしまったのは、わたしが臆病で、行動に移すことができなかったからなのだろう。愛川隊長とぎゃーぎゃー言いあってたひよ里と不意に目が合って、へらり、と馬鹿みたいに笑うと、ひよ里がわたしに向かってあっかんべを返した。これで仲直りと言っていいのかは正直わからないけれど、きっとわたしとひよ里はこれでいいのだろう。心につっかえていたものがようやくなくなって、素直にひよ里が今ここにいることがうれしいと思える。

「だから大丈夫って言ったじゃないっスか」

「………ありがとうございます、浦原隊長」

「何度も言ってますけど、アタシはもう隊長ではないんですけどねェ」

まあでも、と浦原隊長が被っている帽子をとってわたしの頭に乗せた。もう手遅れだとは思うが、散々泣いて腫れぼったくなってしまったわたしの顔を隠してくれたのだとすぐに気づく。そういうさりげない優しさが、大好きだった。

「今回はなまえサンとひよ里サンの元隊長として一肌脱いだんで、今だけは隊長でいいっスよ」

よく頑張ったっスね、とぐりぐり帽子の上から頭を撫でられる。帽子越しの手の感触が心地よくて目を閉じた。浦原隊長がいろいろと手をまわしてくれてこうなったことは疑いようがない。いつだってこの人は、わたしのヒーローで、わたしの不安や悩みなんてすぐ解決してしまう。ふと影が落ちたように感じて目を開くと、浦原隊長の顔がかなり近くに迫っていた。

「なっっっにしとんねん喜助ェ!!!!!!!!」

わたしが驚いて身を引くのと、目の前の浦原隊長がひよ里に蹴り飛ばされたのはほぼ同時だった。飛び蹴りからの華麗な着地を決めたひよ里はぐりん、と勢いよくわたしの方を見た。

「あんたら別れたんとちゃうんかい!」

「いや、別れたんだけど……」

「今のは完全にキス待ち顔だったじゃないっスかぁ…」

「ちがいます!!!!」

ひよ里の背に庇われ、浦原隊長から距離をとっていると、本当に昔に戻ったようで胸がぽかぽかした。気づかぬうちに頬がゆるんでいて、リサがだらしない顔、と失礼なことを言ってくる。

「さっきまでの辛気臭い顔よりはええんとちゃう?」

「……………うん」

ありがとう。リサが嫌がるのをわかっていてお礼を伝えると、予想通りすごく嫌な顔をしてあたしは何もしとらんわ、と吐き捨てた。今度こそ、白と一緒に遊びにこよう。もう、逃げ回る必要はないのだから。


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